2019/1/4
 
 お正月なので、昨年に続いて交野市の神社をひと回りしました。昨年は磐船神社は行けてなかったので、そこにお参りし、交野三山を回って里に降りていきます。夏に予行演習したので十分いけるのではないかと。しかし、出発が遅かったので、最後は真っ暗になり高岡神社にはお参りできませんでした。来年もやるのか?
 3回めなので各神社の説明はしません。各自検索していただくか、昨年の記録を参照ください。  同時にアホ3つしでかしたので それも書いておきましょ。


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◆龍王山磐座のひとつ (多分)
■コースタイム
10:00 妙見鳥居・アホ1
10:08 1○星田妙見宮
10:13 ■豊臣稲荷
10:14 ■龍王社
10:44 ほしだ園地やまびこ広場見晴らし台
11:02 磐船・滝行場
11:08 2○磐船神社
11:17 ゴルフ場分岐◆休憩 11:22
11:54 くろんど園地ゲート◆休憩 11:58
12:04 くろんど園地すいれん池休憩所・アホ2
12:19 くろんど園地バーべキュー広場◆昼食1休憩 12:29
12:44 傍示峠ゲート
12:50 3○菅原神社
13:02 かいがけ地蔵広場
13:05 龍王社鳥居◆休憩 13:15
13:27 龍王山磐座群
13:40 4○龍王社、龍王山
14:00 旗振山◆昼食2休憩 14:12
14:33 5○三宝荒神社
14:36 交野山
15:00 ■源氏の滝・八大龍王社
15:07 6○糸吉神社
15:21 7○機物神社
15:26 倉治◆コンビニ休憩 15:36
15:56 8○郡津神社
16:10 9○私部・住吉神社、貴船神社、厳島神社
16:34 10○寺・住吉神社
15:53 11○川東神社
16:55 12○天田神社
17:00 私市松宝寺池端◆休憩 17:10
17:15 13○私市・若宮神社
17:35 14○星田神社
17:39 ■妙音池弁天社・アホ3
17:45 妙見宮参道(終)

 24.7km/7時間49分(山旅ロガー読み;内休憩61分)

■マップ

■機材

カメラ:リコーCX-3
スマホ:UrbanoProgresso(GPS、山旅ロガー用)、ASUS Zunfon3Max(地図ロイド用)

■1.まずはここから、星田妙見宮

10:00、毎度のことながら妙見さん鳥居
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■アホ1
そうそう、早速アホ1を書いておきましょ。
前の晩からお賽銭を用意していまして、朝起きて食卓の上においてましたが、すっかり忘れてしまいました!財布に小銭は少ないぞ。
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正面参道石段。正月ボケ、それも朝一発目でこの登りはしんどいことこの上なし。
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ご神体
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■拝殿横にある鎮宅さん
詳しくは鎮宅霊符神。星田妙見宮のサイトによると、「太上神仙鎮宅七十二霊符」を司る神で、元来は道教の玄天上帝で、玄武を人格神化したものであり、北斗北辰信仰の客体であるという。したがって、日本へ伝来すると妙見菩薩や天之御中主神等と習合し、星辰信仰に深い関わりをもっている。当社にはその霊符の版木が江戸時代に伝わったとあります。その他、いろいろ説明が書いてありましたが、あまりよく理解できていませんね。RIMG0273

■さらに、三宝荒神さん
 通常、竈の神さんとし親しまれています。普通はそれで十分な気もしますが、この際調べてみると、三宝荒神は日本特有の神で、不浄を許さない厳しさを持つことから、火で清浄が保たれる台所や竈に祀られ、かまどの神 様。三宝荒神は飛鳥時代から奈良時代にかけて役行者(634~701)が感得したのが最初と言われます 。
 また、弘法大師が高野山を開く際、東方からにわかに荒神が現れ「自分を祀るならば、一切の障害を消滅させあらゆる願いを叶えてやろう」と宣ったので、空海は三宝荒神の姿を描いて本尊とし、立里荒神として祀りました。高野山のにとっても重要な神様でした。高野山東方の荒神岳祀られているのでに一度は行ってみたいのですが・・・それから関西では清荒神がメジャーですね。
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振り返って、妙見宮拝殿。本殿じゃないよ!
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■裏参道から退散して、豊臣稲荷社
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■さらに龍王社
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■2.山越えで磐船神社に

 星田園地を抜けますが、せっかくなのでやまびこ広場の展望台に行ってみました。
10:44、北の展望。今日は暖かく良いお天気ですが、京都北山は雪雲ですね。
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11:02、磐船に降りてきました。
星田園地ゲート脇にある「白龍の滝」。ここには白龍大神、八大龍王、不動明王が祀られています。
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 GoogleMapを見ていると、「磐船の滝」と勝手に命名したり、「観光地とは言えない」と文句をたれたりしている輩がいますが、ここは禊場あるいは滝行場である。他人様の土地、あるいは聖地を勝手に命名するなど、「この島はワシのもんや」と勝手にとってしまう某国人と同じやないかい。
 滝の右手には不動明王、和光大明神、双手龍神などが祀られていますが、不動明王以外はボケボケ、ブレブレでアップできるようなシロモノではありませんでした。暗い!
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11:08、いよいよ磐船神社
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ご神体と拝殿。大きすぎてよっぽど引かないと入りきりません。
有名な神社なので説明は不要でしょう。詳しくは磐船神社公式サイトを。
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主祭神。これは撮していおかないと!
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■傍示・菅原神社と龍王山

 これから龍王山に向かいます。天野川を渡り、ゴルフ場を横切って、さらに、くろんど園地も通過します。

■アホ2
 通過だけではなんなので、スイレン池の休憩処で缶コーヒーでもと思いましたが・・・自販機に100円を入れようとしたその時、コインが手から滑り落ち、足で止めたものの、なんと言うことでしょう!段差を登る板橋がスリットになっており、そこに入ってしまうという・・・・こんなもの持ち上げられません。
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唖然呆然、もうコインはないぞ!(少し残しているが賽銭もいるし・・・)

12:47、くろんど園地で昼食後、傍示までやってきました。
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■3.菅原神社
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鳥居の上の斜面に祠があります。祠の後ろは磐座です。
お正月なので参道はきれいに掃除してあり、垂れ下がっていた太いカズラも始末してありました。しかし、周囲の竹林が酷い。徹底的に刈るしかないですが、一人二人ではどうにもならん。刈ったとしても、廃材の始末が悪い。
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 次いで、龍王山に登りますが、お正月なので、正規に正面参道から登ります。そのため、かいがけ道を降ります。
12:59、久しぶりのごみの木(ぐみの木)地蔵さん
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13:02 かいがけ地蔵さんの広場まで降ってきました。
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ところが・・・周囲は累々たる倒木!小枝ならまだしも大木です。手ノコではどうにもなりません。
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幸い、石仏、石像への直撃は免れたようです。
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なんとかせねばと思いつつ、どうにもできませんでした。

13:05、龍王山への鳥居前でしばし休憩。
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参道も倒木だらけで、かなりの人が登り降りしているらしく、とんがった小枝などは処置されていましたが、それでもアクロバット登高が続きます。
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13:19、こんなところに「南無妙法蓮華経」の石碑がある。標高250m付近。以前登った時はかいがけ道分岐あたりの畑から登ったので、この石碑は初めてです。
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13:20、その時登った道が合流しました。
コンター260の平たい尾根に乗ったあたり。しかし、竹ぼうぼうで完全な廃道になっていました。
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尾根というか、斜面を登って行くと岩が現れてきます。
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左手に大岩が見えたので参道を外れて見に行きます。コンター290付近
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踏み跡が続いていて、かなりの人が見に来ているようですが、木々が生い茂り、倒木もあって歩きにくい。いくつかの大岩が屹立しています。
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交野山の観音岩クラスとはいわないが、結構な大岩で、その昔は磐座だったのでしょう。
ひとつの大岩に登ってみました。
西方向、交野高校のグラウンドから、天野が原、香里園付近が見えているようです。
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南には生駒山
こういう風景をみると、やはりこのあたりも生駒山地の延長かと思えてきます。
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ひと際目立つあべのハルカス
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もとの道にもどり、山頂を目指します
13:37、すぐに山頂手前の平坦地に着きました。そこには倒木とともに傾いた祠がありました。もう廃棄されたのか?祠の中にはなにもなかったような・・・
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祠の前には倒れた石柱と神様の銘板がありました。「タマツグ大明神」とありますが、どういう神様か分かりません。玉ツゲのことか?それでも分かりません。
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山頂への道すがら、大岩が点々としています。

■龍王石、龍王社
13:40着。寺村・傍示村では、昔は、旱天が続くと龍王山頂で雨乞いがされていました。交野市史によれば、近年では、大正13年と昭和14年に雨乞いが行われたとありますが、今は昔のことになっています。岩の上に祠がありますが、これが八大龍王社なのか?以前からキツネさんがお守りをしています。はてお稲荷さんになってしまったのか?
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その裏手にある大岩。これが雨乞岩なのか?
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 周囲にもいくつか大岩がありまして、雷神が小便をかけて穴があいたと言う「いばり石」や「弁慶石」があり、修験者が篭ったと言う「岩窟」などもあるというが、どれがどれやら?参考資料をもって一度しっかり見に行きましょう。

13:44、このあたりの尾根から東に降りますが、倒木が通せんぼ!
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尾根を降って、この鞍部から南に少し降ると防災道路に出ます。赤ペンキで印がありますが、大荒れです。
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  降りた先は緩やかな谷でちょとした田畑もあります。ここが古名での金剛寺で葛城北峯の修験の宿だったところとされています。
 修験の古書「諸山縁起」によると、葛木北峯宿は生駒山地を点々と繋いでいく修行の場で、南から「青谷寺、中山寺、信貴山、往生院、下津村、髪切、生馬、鬼取寺、田原、石船、師子石屋、金剛寺、甲尾、高峯、波多寺、田寺、八幡」の十七の宿が記されているといいます。
http://www.shiga-miidera.or.jp/doctrine/msyugendo/03.htm
  詳しい位置やルートは分かりませんが、近場で言うと、田原(四条畷市田原)、石船(磐船神社)、師子石寺屋(獅子窟寺)、金剛寺(傍示の金剛寺、龍王山含む)、甲の尾(交野山開元寺)、高峯(津田城跡付近)、波多寺(尊延寺)が河内ですね。ここならなんとか分かりそうで、一度この修験の道を歩いてみようと思っています。部分的には、すでに歩いていますが・・・
 金剛寺は通過して、せっかくなので旗振山によりましょう。

14:00、旗振山
 三等三角点があります。334.9m。点名を調べると、蓮花石。なかなか風流な名前です。ここで2回めの昼食。
 しかし、この赤ペンキは誰や?この周辺、龍王山も含めて、不要な赤ペンキが多すぎる。
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■5.交野山の三宝荒神社と観音岩

 いよいよ交野山です。ゴルフ場の西尾根から入ります。
14:31、三宝荒神社への鳥居
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14:33、三宝荒神社
竈の神さんですが、前に書いたとおり、三宝荒神は飛鳥時代から奈良時代にかけて役行者が感得したのが最初と言われるので、修験にも大いに関係するのか。RIMG0449
祠の裏には三宝荒神を表す梵字「ウン」が刻まれた巨石があります。しかし、これでは読めんワ。巨石の右側には、寛文六年(1666年)の年号が刻まれているそうですが、未確認。http://murata35.chicappa.jp/rekishitanbo/sekibutu/index09.html
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定番、観音岩
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北方を見る。比良は真っ白、北山も雪です。
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数年前、周囲の樹々が伐採されスッキリしました。
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 交野山の西尾根を降りるか谷道にするか、迷いましたが、結局谷道へ。しかし、白旗池にはよらずに、途中から「急坂・難路」と書いてあった小尾根を降りましたが、なかなかの急坂でちょっとスリリングでした。
写真は急坂の一つを上から見たところ。
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■源氏の滝横にある八大龍王社
お参り(15:00)
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源氏の滝手前にある磐座上のお不動さん
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■時間が前後しますが、先にお参りした三宝荒神さんの遥拝所です
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 ここに書いてある「寺社縁起」は「諸山縁起」だと思いますが、それはともかくとして、行者さんは磐船神社から交野山までを往復しながら修行を積み、悟りを感得した後、源氏の滝で身を清め「三宝荒神諸願成就」碑の前で山上の三宝荒神さんを遥拝したという。往復は無理としても、このコースは歩いてみたいと思っています。

■神宮寺・糸吉神社と倉治・機物神社

■6.糸吉神社
15:07、糸吉大明神の幟が立っていますが、この神社の性格が分かりません。糸つながり、ちょっとずれますが、機物神社と観音岩を結ぶ直線上にあることから、どうしても機物神社とのつながりを考えてしまいます。しかし、わからないものはわからない。
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 もう一つわからないのは、この糸吉神社の東尾根上に不明な神社があるのです。地理院地図に鳥居マークがあって、いろいろな神様の石碑があって、猿田彦神の石碑もあるのです。観音岩に登る尾根参道にあります。この神社との関係も分かりません。

■7ともかく機物神社
15:21、有名なので説明の必要はないでしょう。
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 今日は南神門が開いていました。夏に来たときには閉まっていました。
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    昔の人々は、機物神社の鳥居が現在の倉治小学校の場所に建っており、南から本殿に向かって拝んでいたそうです。また、機物神社の西の鳥居の入り口から源氏の滝の付近までの道の両側と、機物神社の神殿から南(現在の倉治小学校の南)にあった鳥居までの両側は、松の並木道であったという。
   明治の地図をみると、機物神社の周りにリング状の囲い?(道?堀?)があり、東西、南方面への参道が描かれています。その角度は略120度。西は倉治、郡津、東は神宮寺また交野山への参道、南は私部、寺、森、星田方面への道でしょう。このリング状囲い?は戦後少しまで見られ、1970年代に倉治小学校ができるまで南参道(あるいはその系譜を引く道)が見られます。参考:「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)による。
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西の参道、鳥居からの観音岩遠望。鉄塔がジャマですけど・・・
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15:26 倉治のコンビニで10分休憩。最後に残った100円玉でコーヒーを買って残ったパンで小腹を満たす。もう3時半を回ったので気が気ではありません。星田神社はまっくらになるやろなあと。

■8.郡津神社

15:56、参拝。もう4日なので、氏子の係の方々が1日の仕事も終わり打ち上げ?の話をしていました。
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 急ぎ足で私部に向かいます。途中、給水車がでていました。こんなに暖かいのに水道管でも破裂したのか?正月早々お疲れさまです。

■9.私部・住吉神社

住吉神社の御旅所です。もうエベッサンの幟が建っていました。
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住吉神社鳥居
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 住吉四神(底筒男神、中筒男神、表筒男神、息長帯姫命)がご祭神ですが、公式サイトによれば、天野川筋の村々の住吉神社の源をさかのぼれば交野物部氏となり、さらにそのもとは饒速日命渡来の神話に発していると説明されています。http://kisabe-sumiyoshi.net/history.html
 (大意)物部守屋の滅亡とともに、船形巨石にまつわる饒速日命渡海の伝説は、人々の記憶忘れ去られていった。平安遷都以後、宮廷人がたびたび交野地方に遊猟に訪れるとともに、彼らの文学趣味からか、船形巨石に乗ってきた磐船の祭神、饒速日命も、転じて海神となり、和歌の神なる住吉神(海神)に変えられてしまったという。こうして、天野川沿い村々の氏宮も、その総社たる磐船神社にならって、いずれも住吉四神祀ることになった。
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貴船神社(左)と厳島神社(右)
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4時を回ったので焦り気味です。

■10.寺・住吉神社

16:34、寺の棚田に来ました。薄暮。

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住吉神社拝殿
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■11.森・川東神社

16:50、森の城戸にある灯籠の辻
おおっ!ここの灯籠は立派に修復されていました。これは目出度い!
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■森・川東神社
 ご祭神は品陀別命。創建不詳ですが、森地区は古来岩清水八幡宮の所領であった事が知られ、河内磐船駅北側より平安時代の三宅荘園の遺構が発掘され、鎌倉時代まで荘園が続いたことが確認されています。また、森地区の氏子は岩清水八幡宮の神人として毎年奉仕しており、いまだに強いつながりがある。このようなことから氏神として八幡大神である品陀別命をお祭りしたものと思われます。「交野の祭り」交野古文化同好会;http://murata35.chicappa.jp/katanomaturi/index.html
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■12.天田神社

16:55、天田の宮です。
 天田宮は、もともと磐船村(今の私市・森・寺)全体のお宮さんでしたが、今は私市と森だけになっています。住吉四神を祀りますが、それは何らかの流行のせいで元来はニギハヤヒを祀っていたと由緒には書いてありますが、本来は田の神祀るということでしょう。(交野カルタ)
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天田の宮は田の神祀る
お気に入りの場所です。これ以上住宅建てるなヨ。ここでちょうど17:00、年末より少しは明るくなったもののちょっと限界のようです。
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■13.私市・若宮神社

17:15、オートホワイトバランス位で明るく撮れていますが、何枚も失敗しました。かなり暗くなっています。
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■14.星田神社

17:35、星田神社です
 4日にもなるとこの時間、提灯のあかりも全部消えていてほとんど真っ暗です。拝殿の事務所で宮司さんが後始末の最中でした。
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■妙音池弁天宮
 真っ暗です。あとで写真を見ると入り口のドアには鍵はかかっていなかったのですが、こう暗いとお参りもなにもありません。遥拝!
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 高岡神社などとんでもない暗さでした。これが■アホ3。そもそも10時スタートでは遅すぎました。もう1時間、余裕をみて2時間前、8時発が順当なようです。
 アホ3つやらかしながらも、とりあえず回りました。

 神社の紹介はほとんど省略しましたが、「交野の祭り」交野古文化同好会;http://murata35.chicappa.jp/katanomaturi/index.html
を見ていただくとよくわかります。

(また来年)